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禁断レポート禁断レポート15話

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1ページへピリリと緊張の張りつめた、異様な空感。いつもは歩きスマホでのんべんと出勤する社員たちも、将軍ひきいる集団に気づくや、ぴしゃりと背筋をただして挨拶もそこそこ、そそくさとオフィスへ入っていく。

「本部長、清川課長をお連れしました」
山室は妙な裏声をひびかせ、清川の背中をぐいぐいと押した。
将軍様は書類のたばを無造作に小わきにかかえなおすと、一度も顔を上げず「あそ」とつぶやく。
(いけ好かねえジイサンが何の用だよ)
傍目には頭の毛のうすい小太りなおじさんにしか見えないが、完全なる縦社会においては、部長を通さなければ会話すら許されない人物。
くやしいが、清川にとって雲の上の存在で間違いない。
「本部長、お忙しいところ恐れ入ります。到着が遅れまして、まことに申し訳ございません」
山室にならい、清川も深々と頭をさげた。
いまだ状況はまったく掴めてない。が、一応の体裁は必要だ。
黄金時代には幹部の連中を「閣下」「将軍」「大将」などとあがめていたが、大なり小なり、その風潮はいまも社内にこびりついている。
実際、うえの人間は立派でなくとも『偉い』のだ。しっかりゴマをすっておかねば、後がこわい。
「そういうのいいから。時間ないから手短にして。談話室。いい?」
考えるまもなく「はい」と返事をしてから、エレベーター横のミーティングルームへ来いという事か、と推察。
 「いい?」と親指で奥の廊下をさす将軍の言葉を、清川はみずからの脳裏で暗号のように組みあわせ、また逆戻りかとにわかに口をとがらせた。


首にぶらさげたICカードをかざしてミーティングルームに入るや、将軍様、もとい渡貫は手持ちの書類をバサッと前のテーブルに放った。
部屋は他のオフィスと同じく縦に長い設計。だから特大の会議用テーブルセットは、入り口に垂直して縦長に設置されている。

ドアから一番奥の席が上座。逆に手前の席が下座。渡貫は当たり前のように、上座に腰をかけた。
つぎに取り巻きの連中が各自ICカードを通して中へ。
彼らは将軍につづきテーブル後方の席を続々と埋める。
続いてレディファーストで山室を先に部屋へ誘導すると、最後に清川がICカードを読み取りに、
「本部長、遅くなりました。申し訳ございません」
かざしかけた所で直属の上司である営業部部長の紺が割りこんできた。後ろに見知らぬ若い男を連れている。
(なんだ、やっぱ大将さんもおでましですか)
清川は「おはようございます」と聞いてもないだろう挨拶を紺につげ、一歩後ろへさがる。
紺はチラリとだけ目くばせすると無言でICカードをかざした。
若い男は清川にむけて、軽い会釈。申し訳なさそうに、読み取り機にカードをかざす。首ヒモの色は緑。派遣がなんの用だと小さく舌打ちし、清川もようやく入室した。


「で、きみがここに呼ばれた理由は、分かってるよね、もちろん」
(それが分かれば苦労せんわハゲ)
「はい、勿論でございます」
清川がそう答えると、なぜか失笑がもれた。
笑っているのは本部長の取り巻きたち。
部長補佐の吉田と、あとの二人は名前を忘れた。隙あらば将軍のポストを狙っている一味であることは間違いない。
清川は中腰に立ち上がると意味なく会釈をした。目の前には山室がいる。そこから数席右にずれると紺部長と派遣が着席している。
(あいつ派遣のぶんざいで中座なんぞに座りやがって)
 噛みしめた奥歯がキリリと軋んだ。
「きみに任せた仕事あるでしょ。あれさあ、本社としてもかなり力入れてるんだよね」
「はい」
(やっぱアレのことだったか)
「今回は上の命令だから、仕方なくきみんとこに案件まわしたワケ。見たよ、今朝の報告書」
「あ、はあ」
(げろ)
「きみねえ、先方怒らせてどうすんのよ。困るよ勝手なことされちゃあ」
(げろげろ)
「……まことに申し訳ございません」
内心悪態をつきながら、清川は眉間にシワをよせた悲壮感たっぷりの顔でつむじを将軍へ向ける。
……また失笑された。
「営戦部なんてどうせヒマでしょ。年に数回の商談会くらいしか仕事ないでしょ。じゃあせめてやることはやろうよ」
「はい、申し訳ございません」
(ふざけんな、だれが毎月の医療データ集めてると思ってんだ)
 ふつふつと沸きあがる怒りをこらえ、清川はまたも斜め向かいの最奥席に「申し訳ありません」と頭をたれた。
横目に紺部長の冷たい視線がつきささる。彼が一緒になって笑ってないことだけは、せめてもの救いだろうか。
向かいの席の山室だけが、心配そうにこちらを見ていた。
「きみが就任してから社内の士気も下がってるそうじゃない。リーダーに向いてないんじゃないかなあ、清川くんは」
しかし、すかさず紺に「そのとおりです」と賛同され。清川の豆腐メンタルはぺちゃんと簡単にひしゃげてしまった。
「清川くん、きみには失望したよ」
「は、はあ」
紺はそれだけ言うとヒラメのような真っ平らな目でさめざめと清川を睨みつける。
それを合図とするかのように、隣席の派遣が席を立った。小走りに入り口へ向かい、部屋の照明ボタンをいっせいに消灯させる。
パチパチパチ、とプラスチックボタンを弾く音。手前から奥へ徐々に明かりが消える。清川はゴクリと生唾を飲んだ。
「医薬品シェア全国1位を守りつづけるわが社はいま、創立以降最大の危機と直面している。資源の高騰で予算不足に追い込まれ、新薬の開発が思うように進まない。看板商品はつぎつぎ特許切れ。昨年度はジェネリックにシェアの1割を奪われた。おかげで今期の総決算は創立以来、初の前年度割れだよ」
派遣はがさごそと自前の鞄をあさっている。そこから取り出されたのはプロジェクター機だ。
慣れた手つきでプラグをさしこむと、正面の壁にぱっと長方形型のスクリーンが浮かんだ。
まもなく、『前年度までの収益比率』と記された折れ線グラフの画像が表示される。

1980年代から2012年、2013年、2014年……年々ゆるやかながら右肩上がりを続けていた線画が、本年度はわずかに下回っている。
「前年度との差は1750万円。総収益と比べると微々たるものだ。でもな、この小さなほころびを放置しておけばどうなると思う。一度負けグセがつけば、あっという間に首位を奪われるぞ」
いいか清川、と紺は続ける。
「王冠を落とせば、すべてが終わるんだ。社員たちの士気は下がり、有能なやつほど他社に流れていく。そうなれば現場も変わる。営業所はMR不足におちいり、ますます派遣に頼らざるを得ない。ノルマ競争も激しくなる。つぎは残業、休日出勤、交通費、すこしずつ経費が削られていく。その後はどうなると思う。俺たちの手で、大事に育ててきた社員のクビを跳ねることになるんだぞ!」
しだいに感情がヒートアップしたのか、紺は怒声をまきちらち両手でテーブルをはげしく打ち付ける。
あまりの剣幕に、本部長をはじめ取り巻きの社員たちがのけぞった。
「ま、まあ、紺くん、そのへんで……」
「きみは業界のおそろしさが分かってない! 中途採用だってな。サリドマイド事件くらいは知ってるだろ。40年以上前の薬害事件さ。日本でも発売したよな。サリドマイドはつわり防止薬に配合され、多くの妊婦がそれを服用した。そして奇形児が大量に産み落とされた」
プロジェクターの映像が新たな写真に切り替わる。
白黒で画素のあらい写真だ。両手の変形した乳幼児がベットに横たわり泣いている。
体の大きさに比べ、左右の腕の部分は100分の1にも満たない。まるで体の側面に小さないぼが貼り付いているような、異質な形をしていた。
「当時、この事実は国家ぐるみで隠ぺいされた。ひどい話さ。発症率は6割。生存率はほんの2割だとよ。ほとんどの子供たちが、うまれてすぐなくなった。死産もいた。だが厚生省は、副作用はまだ一例も確認してないと。会社も広告すら取り下げず、製剤を売りに売った。新聞社にすっぱ抜かれなきゃあ、どうなってたんだろうな」
ゴクリとだれかの喉が鳴った。
「まさしく人間の欲とエゴの暴走さ。これは企業が利益を最優先した結果だ。売れさえすれば、なんでも良かった。医療に貢献している誇りも、プライドも、みじんもない。当時は戦後最悪の人災だったろうね……! ふたたび成果主義におちてみろ。かならず第二のサリドマイド事件は起きるぞ。それも過去に類のない最悪な規模でな!」
テーブルを叩きつける紺の手は、すでに赤く腫れあがっていた。連中はみなシンと静まりかえり、紺の怒声だけが延々と響いている。
「分かるか清川、だからこそ、この業界には王者が必要なんだよ。他社に盾突く余地すら与えない、絶対的な王者の存在が」
紺の目は、完全に据わっていた。白目は充血し、その様がよけいに恐怖心をあおる。
「われわれは今後もけっして他社に真似のできない、強い薬を作り続ける。それが王者の使命だからだ。ここに身を鎮める以上、この運命(さだめ)から逃げられない。だれしも、絶対にだ」
ひとりとして、反論するものはいなかった。将軍の機嫌をうかがい嘲笑に徹していた取り巻きさえも。青白い顔で口を半開きに、最後は全員背筋をのばし、紺の話に聞き入っていた。
部屋の端から端まで視線をすべらせ、その様子を確認した紺は、「さて。本題だが」鬼よりも険しい憤懣やるかたない顔をわずかに緩めた。

「二十六木(とどろき)くん」
「あ、はい」
紺はプロジェクターを操作する青年に声をかける。
「二十六木」と呼ばれた青年は淡々とした動きで手持ちのファイルから新たな書類を取りだすと、すぐさま差し替えた。

まもなく映し出されたのは、『BackNature』と大文字のタイトルが入った雑誌の画像。宇宙を連想させたステンドグラスの写真が表紙を飾る。週刊誌のように、掲載記事のタイトルが四隅を囲むように印字されている。英字のものや、日本語、中国語、さまざま。その中の一つのタイトルだけが、ぐるりと赤いマーカーで囲まれている。日本語で記載されたタイトルは「惚れ薬の化学式」。
下のほうに、記事の一部分がくっついている。
「在米日本人」
「ドクター・オノ」
「若き青年科学者」
そのような見出しの文言がならび、下部に、記事よりもひときわ目を引く精悍な男性の顔写真が掲載されている。
「ドクター・オノは、すでに米国中の学者に認知されている。ハーバード大学出身の天才科学者さ。名前は小野哉太。彼が大学院時代に立ち上げた研究チームが、今年になって信じられない論文を発表した。それがこいつ、『惚れ薬の化学式』だ」
紺はおもむろに立ち上がると映像の前まで歩みよる。
「彼らはまず、ヒトが好意を認識する、脳内メカニズムに着目した。視床下部にある快楽中枢。ここが感情をつかさどる核(コア)というわけ。つまり、この核(コア)にある一部の領域のみを活性化できれば、ヒトの心は操縦自在になる、てとこかな」
ぺらりと紙をまくる音。二十六木が新たな資料に差し替えている。
つづいて表示されたのは、図式をもちいたメカニズム説明のようなもの。
中央に正面をむいた顔のイラストが輪郭のみ描かれており、頭はざっくりと脳の断面図が書き込まれている。

「ここが快楽中枢」紺は脳の中央に位置する赤い目印を指さした。
「正直なところ、論文の内容は鼻で笑っていた。ありえない内容だったからな。でも読み進めるうち、だんだん笑えなくなった。6年かけたっていう核(コア)の構造式は、見た時ふるえたよ。彼らはこの数式に当てはめて、もっとも有用な薬品を探して回った。候補にあがったのは24種類。それを何百種もの製剤と調合し、動物実験を経て、一つの答えを導き出した」
あらたな映像が映しだされる。また誌面の記事の一部のようだ。
上部には●と●を棒線でつなぎ合わせた、いわゆる原子記号が記載されている。電子機器の配線のように、複雑な形をしていた。
その下に、カプセル式の錠剤の写真が掲載されていた。
『REVERSE』と大文字で記載されたこれは、おそらく薬品名だろうか。

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