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禁断レポート禁断レポート16話

わー汗更新途中だったことに今気付きました、すいません!

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1ページへ「それがリバースだ。われわれはこの薬を、医療用医薬品(*1)として流通させる。決定事項だ。まずは材料の調達ルートを確保する。必要ならば最新鋭の機器も導入し、嫌というほど動物実験も行う。製品の安全性をあらゆる角度から検証し、最終的に心療内科を中心に、14万件超の臨床実験を実施する。どう見積ろうと10年は下らない。壮大なプロジェクトになりそうだ」
その言葉に将軍は「ううむ」とうなずき顎をしゃくる。山室は終始無言の状態で、口元に手をあてじっと説明に聞き入っていた。額には冷や汗がにじみ、前髪がべったりはりついている。
「成功すれば大儲け。失敗すれば奈落の底……まるでロシアンルーレットみたいな案件だねえ。そもそも僕は賭け事には反対なんだけど、仕方ないね、上の命令なんだから」
「御意。……なんにせよ、成功させるしか道がないということです。まずは開発者ドクター・オノから許諾を得ないと話にならない。よからぬ噂も耳に入っているし……。そこで現地調査をふまえ派遣団を擁立した。きみのチームのことだよ」
清川くん。と紺がよぶ。
「は」
「きみが適当にこなした仕事がいかほど重要な任務だったか、少しは自覚したか」
「あ、いや、そのう」
(だからそんなデッカイ仕事をよこすなら、せめて前もって説明しろっつうんだよ)
内心悪態をつきつつでへへと笑ってみせるが、紺の口元はピクリとも動かない。
「質問を変えようか。では該当の記事の感想でもうかがうとしよう」
「……申し訳ありませんが」
「おや。もしや読んでいない? バックネイチャー誌の4月号だよ」
「あ、はい。そもそもバックネイチャーは幹部以下の者は閲覧不可だと決まりが」
「確かに。バックネイチャーは内容の機密性から、非公式の刊行物に指定され、きびしい閲覧制限が課されている。でも、おかしいな」
あからさまに首をひねる紺をみて、「はい?」清川も首をかしげた。
「たしか……先日きみ宛てにおくった書類のなかに、特別に許可をとって記事のコピーを挟んでおいたはずだけどなあ。それも、さっきのスピーチよりもくわしい説明書きつきで」
あ、と大口をあけたまま、清川が静止する。そういえば、報告書と一緒にプリント用紙が数枚挟まっていたことを思い出す。もしやいらないと思って適当にメモ代わりにして捨てていた、あれのことか。
「きみに最後のチャンスを与えよう」
かたらずとも、紺はすべてを察しているようだ。よもや、あらかた憶測をつけて、清川をわざと引っ掛けるような言葉を選んだのかもしれない。激高すると思いきや、ぴくりと片方の眉をあげるにとどまった鋼のように硬い表情は、清川の背筋を凍らせるには十分だった。
「不幸中の幸いとも言うべきかな。派遣団のひとりが残した置き手紙に、ドクター・オノがいささか興味を持ってくださったらしい。木瀬孝弘をチームに加えたのは、きみが意図的に?」
清川は「いいえ」と首をよこにふる。何のことだかわからない、といった面持ちで。
「だろうね」
その全てをも察していたかのように、紺はため息まじりに笑う。呼吸を吐き捨てるといった方が近いかもしれない。とにかく哀愁の滲んだ声色だった。
「まあ、いい。このチャンスを逃せば、後がないと思え。そしてきみが職を失うと同時にこちらも計画のすべてが頓挫してしまう。本当に最悪な賭けだよ。言いたくないが、きみだけが頼りなんだよ、清川」
「は、はあ……?」
「今回は、われわれも全面的に協力しよう。まずはCSO(*2)から一番優秀なMR(*3)を引き抜いてきた」
と、入り口付近でプロジェクターを操作していた二十六木が立ち上がる。
「二十六木 優です」
「彼もきみと同じ、電話営業出身だよ。まだ24歳と若いが、他のMRとちがって頭脳派で底力がある。今回より、彼をきみの助手としてつけることにする。資料等は彼に全てゆだねているから、分からないことはたずねるように」
(なんで俺が派遣なんかと――)
挨拶のかわりにあからさまな仏頂面をしてにらむが、二十六木は物怖じひとつしない。それどころか「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げてきた。
「派遣だからって差別はよせ。実力主義である以上、俺のなかでは二十六木のほうがよっぽど格上と評価している。名誉挽回したけりゃ彼に仕事の流儀のひとつでも学ぶといい」
そういうと、紺は急いた様子で席をたつ。
「さあ、もう時間がない。いくよ清川」
直属の上司からの脅し文句ともとれる言葉の数々を受けた手前、素直に「はい」と応じるのは癪にさわる。自分でもうすうす、仕事ぶりが時代に追いつけていないことは自覚していたが、こうも一方的にまくしたれられると……。
(なんだよ。寄ってたかって、なんで俺ばっかりが叱られるんだ)
「あの。お言葉ですけどね、いったいどこに行くっていうんですか」
なかば喧嘩ごしに問いかけたところ、見事につりあがった糸目にすごまれてしまった。
「馬鹿者! だーからドクター・オノのところに向かうってこと」
「はあ? まさか今から渡米するっていうんですか。冗談じゃないよ」
ばっかやろう! 尚もかみつく清川にたいし、数分ぶりに怒号がとどろいた。
「お前、本当に何にもしらずに俺の話を聞いてたのか!」
「さあ? なんのことですかねえ!」
「ちょ、ちょっと清川課長! あたしさっき言ったじゃないですか」
紺の激高ぶりに驚いてか、山室がおろおろしながら口を挟むが、考えど、やはりなんのこっちゃでさっぱり分からない。
「なんだよ、思い出せないよ俺あ、そりゃ馬鹿なんだから仕方ねえよな!」
今度はぎひひと不気味に口をつりあげて笑う。やはり清川以外、だれひとりとして笑ってない。
「課長! ドクター・オノがいらっしゃってるんですよ!」
「はあ? どこにだよ?」
「わが社にです!」
はあああ!? ようやくにして、清川からすっとんきょうな声があがった。将軍をはじめ紺までも「やれやれ」と頭をかかえている。漫画で例えるなら、全員の額に縦線がいくつも描きこまれ、青ざめた表情をしている所だろう。
二十六木だけはせっせと一人、ファイルの整理にいそしんでいる。
「ちょっと待て。そんなすんごい学者さんが、なんでわざわざ日本に、ていうかうちに来る理由があるっていうんだ」
「それが分かればこんなに苦労せんわ!!」
山室と紺が、同時に怒鳴り声をあげた。




【脚注】

(※1)医療用医薬品とは…医師の処方箋がないと入手できない医薬品のこと。別名「保健薬」とも呼ばれる。医薬分業の下では調剤薬局で医師の処方箋に基づき薬剤師が調剤する。
(「一秒でわかる!医薬品業界ハンドブック」より抜粋)

(※2)CSOとは…Contract Sales Organizationの略で、製薬会社にMR(※3)を派遣したり、医薬品の営業・マーケティング活動のアウトソージングサービスを提供したりする企業のこと。

(※3)MRとは…メディカル・リプレゼンタティブ(Medical Representative)の頭文字をとってもので、医薬品メーカーの医薬情報担当者のことをいう。製薬会社の顔として医療従事者を訪問し、医療品に関する情報を提供することと、自社の医薬品にたいする品質、有効性、安全性といった臨床現場での使用情報を収集するのが主な仕事。


(※2.3:製薬/医薬機器業界用語集より抜粋)

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