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木乃伊の恋(食まれる続編)失恋の誓い1

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『陽平さん、愛美さん、おめでとうございます』

店中のライトアップが消えた瞬間、目の前のプロジェクターに見覚えのある二人の男女の写真が映し出された。
二人は浜辺をバックに満面の笑みで抱き合っている。『美男美女』まさに言葉どおりの、絵に描いたような仲睦まじいカップルの写真だ。

女性の方は髪の毛を頭の上でお団子にし、アイドルのように均整のとれた前髪と白のロングワンピースを、風にあおられるまま、なびかせている。背中ごしに華奢で真っ白い肩を掴む男の手は、今にも飛ばされんとする彼女を抱きとめているようだと恭弥は思った。

「ご婚約おめでとうございます。愛美ちゃん幸せそうですね。でもお兄さんの方は、これから寂しくなりますね」

ふいに声をかけられ、恭弥は「そうですね」と曖昧な返事をする。体内の臓器が、一瞬ふっと軽くなった気がした。

「あ、私愛美ちゃんの通ってる大学のOBなんです」

さきほどの親族代表挨拶をみていたのだろう、ショートヘアに紺のパンツスーツをまとうボーイッシュ風の女性は、ワイングラスで『乾杯』のポーズをとると軽く会釈する。
「どうも」
「それ食べないんですか?」
「……緊張してしまって」

女性が『それ』といった先には恭弥の左手にのせたとり皿が。そこに乗せたショコラといちぢくのテリーヌは、未だ一口も手をつけない状態で乗っている。どれだけの時間、マネキン人形のように突っ立って二人を見ていたんだろう。

恭弥は顔を曇らせた。それを見た女性は「ああ」と笑った。

「うん、やっぱ緊張しますよね。さいきんじゃ、こんな盛大な婚約パーティも珍しいから」
「そうですね」
「お兄さんからのプレゼントですってね、このパーティの費用。やっさしいなあ。うちじゃ考えらんない」

プロジェクターの写真は、早くも二枚目に切り替わっていた。
天井に取り付けたスピーカーから流れる楽曲が恋愛ソングへ切り替わると、会場の視線はいっそう写真の方へ釘づけになった。
さいきん若者の間で流行りの楽曲だ。アップテンポで「会いたくて」を連呼する歌詞は、写真の二人よりも自分自身の気持ちを謳われているような気がして、恭弥はおもわず足元に視線を落とした。

「憧れるなあ、こんな婚約パーティ。愛美ちゃんも偉いですよね、結婚は大学を卒業してから。結婚後も働きながら家庭に入るっていうんだから。陽平君の収入に頼ってもいいのにねえ」

女性は、ぐびっとグラスワインを飲み干すと目を細め、周囲とおなじく写真の二人に魅入る。

プロジェクターには、まぶしいくらいの青空を背景に、パフェグラスに注がれたメロンソーダを、両サイドからストローで飲み合う写真が映っていた。

「あたしだったらきっと旦那の収入に甘えちゃうな。陽平君も愛美ちゃんのそういうストイックな所に惹かれたのかな。あの子、ああ見えてちゃんと芯があるから」

――その芯は、俺の目にはもう毒針にしか見えない。

「え、なにか言いました?」
「いえ何も。ありがとうございます。妹をそういってもらえて、俺も誇らしいです」

真っ暗なあなぐらをひたすら落ちていくような、底なしの絶望感を押し込め、、恭弥は嬉しそうににこりと笑んだ。
けれど、その作り笑顔はすぐに掻き消される。

「あー先輩っ!来てくれたんですね」

ビュッフェコーナーで友人に囲まれていた妹の愛美が、いつの間にかこちらを向いて手を振っている。

「はーい。おめでとう愛美ちゃん!」

パンツスーツの女性も手を振り返すとさらに嬉しそうに笑った。
柔らかなカーブを描く巻き髪とパールホワイトのシフォンワンピースがふわりふわりと揺れる。

―可愛い―

愛美はその言葉の総称のような子だった。活発であかるく好奇心が旺盛で、だれからも好かれる自慢の妹だった。――数か月前までは。

「エリ先輩、お兄ちゃんとなに話してたんですか?」

愛美はいかにも不思議そうに顔をかたむけ、となりの陽平の腕をとりこちらへ向かう。恭弥は自分の顔がみるみる強張っていくのを感じた。顔の筋肉がコンクリートのように凝固し、もはやピクリとも動かない。
陽平もまた、幸せそうな愛美の笑顔の後ろで、生気を奪われた蝋人形のような顔をしていた。うつろな目だけは、じっと恭弥に向いている。
力ない、だけど忘れられない眼差しが、恭弥のそれと絡まる。恭弥はそくざに足元へ視線を落とした。

ここは、銀座七丁目の地下一階に造られたパーティホール。木目調の室内はペールオレンジの優しい光彩に包まれ、ゆったりとしたクラシカルな空気が漂う。
出席者の大半は20代。気ままな立食パーティスタイルのおかげで、笑い声の絶えないなごやかな雰囲気だ。

「なにって愛美ちゃんのこと。お兄さんと自慢の妹だって話してたのよ」
「えー、本当かなあ」

人をかき分け愛美が通ると、周囲からお祝いの言葉がとんだ。それを満面の笑みで「ありがとう」と返しながら、愛美は陽平に腕を絡めて「この人が未来の旦那さん」と密着してみせた。

――本当に、天使のような笑顔だ。
あの日から毎日のようにぶつけられる粗悪な感情など微塵もみせぬ、4月の早朝の空のように清らかで透き通った、愛らしい笑顔を振りまいている。
愛美と婚約者の陽平は、すぐ目の前に迫っていた。

「いいお兄さんじゃない。手紙が届いた時は急でびっくりしたけど。会場もお料理も豪華で言うことないわ。本当に愛美ちゃんが羨ましい。うちなんか、婚約パーティどころか結婚式は自分たちで費用を出せって言われてるんだから」
「えっへへ。お兄ちゃんは私の望みは何でもかなえてくれるのです」

そして恭弥の前で立ち止まり、「ね?」と下から覗き込む。いちぢくとショコラのテリーヌが、瞬間、妹の笑顔に変わった。人懐っこい笑顔の奥で、黒目だけは、さめざめと凍てついていた。恭弥の目から、おぞましい憎悪の感情が流れこむ。訳もなく手が震え、奥歯がカチカチと音を立てる。

「あれ、お兄ちゃん、料理に一口も箸をつけてないじゃない」
「そうなのよ。緊張されてるみたい」
「たしかに料理はお兄ちゃんの方が美味しいって認めるけど。たまには他の店の味も知るべきだよ」

美味しいから食べてみなよ、と愛美が言う。

「お兄さん料理得意なんだ?」
「現役のシェフなんですよ。専門はフランス料理だけど、なんでも作れるの。ねえ、陽平?」
「――え」

弾かれたように陽平が愛美を見た。その目は数秒前まで『誰』を捉えていたのか。知っているのは恭弥の他に――。

「お兄ちゃんのごはん。美味しいでしょう? 用事もないのに、うちに足蹴く通っちゃうくらいだもんね」
急にトーンダウンした声色を聴けば、愛美も察していることは明らかだった。プロジェクターの写真がまた切り替わった。次の写真はプリクラのようで、二人ともコート姿だった。愛美のダルメシアン柄のベレー帽のうえに、陽平が撫でるような仕草で手を置いている。三角形に裾がふわりと広がったキャメル色のダウンコートに白のホットパンツ。抱き合うように顔を寄せあい、横顔の二人はお互いを見つめ合っている。それより、陽平の首に巻かれたバーバリーチェック柄のマフラーを見て、恭弥の胸はぐしゃぐしゃに掻きむしられた。

「あはは、何それ。もしかして陽平くんお兄さんの料理目当てだったの? かわいい?」
「本当、大好きだったんだよね、お兄ちゃんの料理が。ねえ、陽平?」
「……大好きだよ、今も」
「陽平!」

突き刺さるような愛美の声を聞き、顔をあげたのは恭弥だった。

「もう昔の話です。今は彼女が――愛美が、なんでもしてくれる。俺の役目はもう……終わったんだ」

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