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Target*BoyTARGET6 -幼なじみ-(6)

長編小説『Target*Boy』の第六章の6です。

放課後、養護教諭の成瀬の車で送ってもらっていた夕凪は倒れている人影を見つけた。車を降りて駆け寄ると、それは幼なじみの竜太だった―――…
「頼む……行かないで、夕凪」

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「とりあえず、これで少し休ませてあげて」

 竜太に必要な応急処置を施し、成瀬は顔を上げた。そして不安そうに佇む夕凪に振り返り、もう大丈夫だと告げる。

「もし彼が起きたらこのスポーツドリンクを飲ませてあげて。それと何か食べられそうだったら食べさせてあげてほしいんだけど」
「わかりました」
「できればおかゆよりも……」
「栄養価の高いものでしょ。胃に負担の少ないモノで考えます」

 成瀬は驚いた顔をした。

「鷹森くん、料理は?」
「少し。風邪を引いた時に食べる程度のものでいいなら作れます」
「驚いた。頼もしいね」

 成瀬にくしゃりと前髪を撫でられ、夕凪は気恥ずかしそうにその手を払い退けた。

「褒めたのに」
「気味が悪い」
「酷いね」

 クスクスと笑いながら成瀬はメモ用紙に細かく書き込んでいく。
 食材のリストアップや大事なことの指示を一覧に記し、夕凪に説明をする。夕凪も真剣に成瀬の話に耳を傾けた。

「僕からはこんな所かな。もしどこか他に具合が悪いようならちゃんと病院へ行って」

 一通りの説明が終わると、成瀬は立ち上がり上着と荷物を手に取った。

「えっ、先生帰っちゃうの?」

 明らかに帰り支度を始める成瀬。夕凪は慌ててその腕を掴んだ。
 道端に倒れていた竜太も今は顔色を取り戻し、夕凪のベッドの上で規則正しい寝息を立てている。成瀬の言うとおり、大事はないようだ。ホッとした半面、夕凪はこれからのことを思う。
 竜太と二人きりで残されるのはすごく困ってしまう。かと言って弱った竜太を追い出すわけにもいくまい。
 できれば竜太と顔を合わせる前に成瀬が連れて行ってくれないかとも期待してみる。

「ああ。彼の顔色も落ち着いたし、僕はこれで失礼するよ」

 だが期待した答えは返ってこなかった。

「彼は君の友人なんだろう? なら僕がいなくても大丈夫だよね?」
「えっ、やだ!」

 思ったよりも早く言葉が飛び出した。夕凪も相当焦っているのか、必死で成瀬を引きとめる。

「先生お願い、帰んないで?」

 不安げに瞳を揺らして成瀬を見上げれば、成瀬は少し驚いた顔で瞬きをした。

「お願い……」

 正直、この可愛いお願いを断ってしまうのは名残惜しい。
 成瀬は困ったように笑いながら夕凪の頭を撫でた。

「そういうセリフ……今度は二人きりの時に聞かせて欲しいな」

 さらりと柔らかい髪を撫で、そのまま夕凪の顎をクイッと持ち上げる。すると夕凪の眉間にシワが出来た。

「二人きりなら引き止めてませんよ」

 冷たい言葉と共に、怪訝な眼差しが成瀬に刺さる。

「あ、そ? じゃあ僕は失礼するね」
「え、なっ……先生!」

 夕凪の睨みをスルリとかわすと、成瀬は部屋を出て行ってしまった。
 それは困る! 夕凪は慌てて成瀬の後を追いかけた。

「待って先生、待って! お茶くらい……」

 何とか踏み止まって欲しくて成瀬の腕を掴んでみたが……、

「……、お茶はもういい」
「……ですよね」

 少しゲンナリした成瀬を見て、夕凪も苦笑いで頷いた。二人とも、当分お茶は結構だろう。
 それでも竜太と二人きりで残されることだけは回避したい。何とか言い逃れできる理由を探してみたが、結局上手い言い訳も見つからず、夕凪は涙目で成瀬を見上げた。
 とにかく切にお願いするしか手立てはない。この必死な気持ちだけでも伝わらないだろうか……

「先生ぇー…」

 玄関まで追いかけて手をギュッと握ってみた。
 この握った手の強さからも自分の気持ちが伝わりますように…と。

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「まったく……」

 成瀬は少し火照った顔で小さく咳払いを決めた。

「そんな可愛い顔をしてもダメだよ」
「なっ…可愛くなんか…」

 真っ赤になって言い返そうとした夕凪の唇を成瀬の指がちょんと押さえる。

「本当に自覚ないのかねぇ、この子は……」
「か…からかわないで下さい」

 掴んでいた成瀬の腕と唇にあてがわれた指を勢いよく振り払うと、夕凪は距離をとって成瀬を睨んだ。

「ふふっ、ホント可愛い。とにかく僕は君の困った顔を見るのが大好きなんだ。だから助けてなんかあげないよ」
「鬼―ッ!」

 夕凪の必死さを理解したうえでのこの仕打ち。悔しさどころか怒りが込み上げてくる。

「仕方ないなぁ。じゃあ、今度夕凪が僕のベッドで可愛く乱れてくれるって約束するなら、彼が目覚めるまで一緒にいてあげてもいいよ」
「―――――ッ、帰れっ!!」
「大丈夫大丈夫ははは、帰るよ」
「……ッ!」

 わなわなと震える夕凪などお構いなしに、成瀬は機嫌よく靴に履き替えている。

「あ、そうそう鷹森くん」

 玄関のドアを開けようとした成瀬が、思い出したようににっこりと振り返った。

「なんですか?」
「君に渡したい物が」
「俺に?」

 なんだろう……手招きする成瀬に、夕凪はキョトンと首を傾げた。そして成瀬の前に歩いていくと、グイッと腕を引かれて ――――…‥唇を奪われた。渡したい物は…

「僕の口付け…なんてね」
「帰ってくださいッ!」

 夕凪のスリッパが勢いよく成瀬の横を掠めた。
 閉まる扉を見届けて、夕凪は地団駄を踏む。思い通りにいかないことばかりだ。
 だがこのまま知らんぷりで過ごすわけにはいかない。夕凪は重たい足取りで階段を上った。
 部屋のドアノブを握る前に、もう一度息を吐く。毎日開けているこのドアがとてつもなく重たいものに感じられた。

 意を決してドアを引く。
 部屋には小さめの明かりがひとつ。眠っている竜太を起こさないように静かにドアを閉めた。
 別にこの部屋で待っている必要もないのだが、竜太が起きた時、見知らぬ部屋に一人ではあんまりだと思い、沈む気持ちを引きずって部屋に踏み込んだ。
 自分でも笑ってしまいそうなくらい轟く心臓の音は、ひょっとしたら竜太を起こしてしまうんじゃないだろうか。



「来たことないけど、すぐ夕凪の部屋だってわかった」

 しん、とした部屋に掠れ声が響いた。
 夕凪の心臓がツキリと跳ねる。

「起きてたの?」

 一瞬、本当に自分の心音が洩れたのかと体が強張った。

「……夕凪の匂いがする」
「なんだよそれ…」

 だが、どこか懐かしむような竜太の声色に、拍子抜けしたように体が軽くなった。

「夕凪…」
「睡眠不足」

 しかしこのまま竜太のペースに呑まれてしまえば、きっとまた声も出せなくなってしまうだろう。先手を打つように、何か言いたげに起き上がった竜太の視線を遮って夕凪は捲し立てた。

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「あと、栄養失調からくる疲労も。それから給水もせずに走り続けたせいで脱水症状を起こしかけたらしい」

 一息で成瀬の診断を告げ、緊張を吐き出す。

「何してんの……?」

 大きな溜め息とともに夕凪の双眸が竜太を捉えた。
 すると今度は竜太が押し黙る番。一度言葉を遮られたからだろうか、言いたいこととは別の発言を求められたからだろうか、竜太は眉間にグッと力を込め、口を噤んでしまった。

「竜太……」

 ハッキリと名前を呼ぶその声に竜太の肩が震えた。
 夕凪の声だ――…‥ずっと求めていた声が体中を伝っていく。
 乾いた地に潤いが走るように心地よく染み渡っていく夕凪の声。ずっと呼んでほしかった声。

「ちゃんとご飯食ってんの?」

 夕凪の声を聞くだけで泣きそうになっていた自分に気が付いた。
 夕凪の匂い…夕凪の声……どんなに恋しく思っていただろう。どれほど思い続けていただろう。

「食べてんの? 食べてないの?」

 まるで身内が心配するように問い掛ける夕凪の声は竜太の心をむず痒いほどにくすぐった。

「小母さん、料理上手だったじゃん。栄養失調なんて……」
「両親はコッチ来てない。俺だけ独り暮らししてる」
「……え?」

 てっきり、涼代家全員で引っ越してきたのだと思ったのだ。辰弥も一緒に―――…

「えっと……あの…」
「俺、料理なんてできないし、仕送りとかもいっぱいあるわけじゃないから。栄養のことなんて考えたもことなかった。生きてくのって案外大変なんだな」

 息を吐き出すように笑って、竜太が俯いた。

「か…空手部のホープが、無責任な自己管理してんじゃねーよっ!」
「……え?」
「作ってくるから! めちゃめちゃ栄養になるもの!」

 ぶっきらぼうに言い捨てて夕凪が部屋を出ていく。
 夕凪に叱られるのは新鮮だ。
 竜太は枕に顔を突っ伏して、むずむずと緩む頬を抑えた。





 それから数十分後、夕凪の用意した料理を全て胃に収め、竜太が手を合わせる。

「ご馳走様でした、美味しかった」
「いいえ。お粗末さまでした」

 夕凪も小さく頭を下げながら竜太の言葉を受け止めた。
 食事の間、特に会話をするでもなく静かに過ぎた時間の後の形式的な挨拶は妙にもどかしかった。

「こないだの弁当も、本当に美味しかった」
「そう、ありがとう」

 短い会話が途切れ途切れに続く。決して盛り上がることもなく、夕凪の返事によって終わらされる会話。話す言葉を用意していなかった竜太には苦く歯痒い時間だった。

「コレ、片付けちゃうね」

 夕凪が空っぽになったトレーに重ねていく。

「竜太はもう寝なよ。今日はそこ使っていいから」

 そう言って自分のベッドを指し、立ち上がった。

「ありがとう」
「うん」
「ごめんね、夕凪…」
「何が?」
「いろいろと……」
「……うん」

 再び気まずい沈黙が降り、それを嫌うように夕凪が部屋を出ようとした。

「待って、夕凪……」

 呼び止められた足がピタリと縫いつけられる。

「行かないで……」

 聞こえたのは縋るような声。
 しかし夕凪の手が震える。早くココから出たい、と。


「頼む……行かないで、夕凪」

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 行かないで……

 その声が幼い頃の記憶と重なった。
 幼い頃、始めて出会った時の竜太と――…


――――――……
――……



「やーだぁ、怖いぃ…」

 父親に初めて連れて行かれた道場で、夕凪はその迫力や見ず知らずの環境に恐怖していた。父親の足にしがみ付き、離れることを拒絶する。
 ひたすら泣きじゃくる夕凪は、周囲の人を困らせていたことだろう。
 これでは稽古どころか挨拶もままならない。このまま引き返すしかないかと、父である義実も半ば諦めかけていた。そこへ、

「ベロベロばぁー」

 一人の少年がおどけた顔で駆け寄ってきたのだ。
 一層怖がる夕凪を物ともせず、赤ん坊をあやす様にあの手この手で夕凪に仕掛ける少年。少し大きめの道着に身を包む彼は、夕凪と同じくらいの年頃だった。

「泣くな、ここは強くなるために来る所なんだからな! 泣いてる奴は追い返されちゃうんだぞ!」
「やだぁぁぁ」
「じゃあ泣くな!」
「怖いぃ」
「怖くないよ、俺が一緒にいてあげるから」

 夕凪の頭を小さな手で撫で、義実の足にしがみつく夕凪の手を少年がしっかりと握った。
 すると夕凪の泣き声がピタリと止んだ。

「お父さんが終わるまで、俺が一緒にいてあげるから」

 ニィッと笑った少年の白い歯は、元気な小麦色に焼けた肌にとてもよく映えていた。

「……っぃく」

 しゃくりあげる声が小さくなって、夕凪の小さな手が少年の手を握り返した。

「名前は?」

 涙でグチャグチャに濡れた夕凪を覗きこんだ後、少年は義実を見上げた。夕凪が自分で名乗らないことに焦れたのだろう。

「夕凪だよ、」

 義実の口から夕凪の名前を聞き出し、竜太は嬉しそうにニコリと笑うと、もう一度夕凪の顔を覗きこんだ。

「夕凪っていうのか。俺は竜太。よろしくな!」

 第一印象は、笑顔の明るい世話好きの男の子だった。





 その数時間後。

「いやだぁぁぁぁ、夕凪も連れて帰るー」

 床を転げ回って泣き叫ぶのは、先ほど夕凪をあやしていた元気いっぱいの少年……竜太だ。
 笑顔の印象的だった少年が涙と鼻水まみれで喚く姿をいったい誰が想像できただろうか。

「夕凪も一緒がいーいー!」

 顔を真っ赤にしてガラガラの声で叫び、夕凪の手を一向に離そうとしない竜太に、再び周りの大人たちは困り果ててしまった。

「イヤだぁ、夕凪が欲しい! ウチの子にする!」

 甲斐甲斐しく夕凪の世話を焼いているうちによほど情が沸いてしまったのだろう。夕凪が欲しいと言って泣き出してしまった。連れて帰ってウチの子にすると言って譲らないのだ。

「竜太くん、また遊ぼ」

 そして今度は夕凪が竜太を宥める。オロオロと手を振り、夕凪は竜太に背を向けた。

「ばいばい、竜太くん」
「行かないで夕凪!」

 追いかけて来る竜太に何度も胸がキュウウ…っと痛むのを感じながら、また今度ね、と約束して手を振ったのを覚えている。

 すっかり記憶に埋もれてしまっていた遠い思い出だった。

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――…
―――――――……


 “行かないで……”

 竜太の声に胸が痛んだ。
 竜太を置いていけない。夕凪はテーブルの上にトレーを置 き、部屋の奥に引き返した。
 その様子に竜太が安堵の息を洩らす。

「座って、夕凪」

 ベッドの脇を竜太が叩いた。夕凪は言われるままそこに腰を下ろした。横顔に竜太の視線を強く感じるが、どうしてもまだその顔を直視できそうになかった。

「……七年は、長いな」
「え?」

 聞こえなかったわけじゃない。静かな部屋に竜太の声はとても落ち着いてハッキリと伝った。ただ、竜太の発したその七年という言葉が夕凪の鼓動を早まらせるキーワードの一つであっただけ。ドクドクと再び夕凪の心臓が動悸を始めた。

「七年は長いよ……」

 泣きそうな声。絶望と失望が入り混じった、消えそうなほど弱々しい声。それが竜太のものだとわかり、夕凪はグッと喉が熱くなった。

「七年間、ずっと夕凪のことを考えてた。考えてたら、こんなとこまで追いかけて来ちゃった。なのに……」

 竜太の言葉が一度途切れた。

「俺の知ってる夕凪がいない」

 息が出来ないほど辛辣に竜太の言葉が夕凪の胸に刺さった
この七年……夕凪が記憶の底に仕舞い込もうとしてきた七年を、竜太はひたすら夕凪を思い続けてきたのだ。夕凪が忘れようと無意識にカギを掛けたその記憶に縋りながら。

「知らなかった。夕凪が料理上手いとか。知らなかった、夕凪がすごくモテるとか……知らなかった…友達が沢山いるとか……」

 竜太の双眸から大粒の雫が零れる。静かに、音もなく。

「昔の夕凪は俺にベッタリだっただろ。泣き虫で、俺の方が年下なのにいっつも俺の後追っかけてきてさ……俺はそれが嬉しかった。俺が夕凪のこと守るんだって……」

 静かな部屋に、ただ静かに竜太の声だけが響く。

「だから心のどっかで夕凪はまだ俺のこと必要としてくれてるんだって思ってた。だから会いに行かなきゃって……だって夕凪を守るのは俺の役目だろ?」

 だから夕凪を探して、夕凪を追いかけてきた。
 なのに……

「なのに夕凪は俺を見て怯えるから……俺に、辰兄を重ねるから……ッ!」
「ごめん、竜太…っ」

 夕凪は目の前の大きく成長した体を抱きしめた。
 いつの間にか夕凪の大きな双眸も涙でいっぱいだ。だが泣くわけにはいかなかった。泣いていいはずがなかった。
『俺は辰兄じゃない』
 確かにそう言った竜太の言葉を蔑ろにして……勝手に辰兄の面影を重ねて、恐怖を履き違えて……どれだけ竜太を傷つけただろう。こんなにも自分を思ってくれた竜太に、どれほど辛く当たってしまっただろう……

「ごめん竜太、ごめん……」

 竜太に非はないとわかっていたはずだ。
 辰弥はいつも用意周到だった。周りに悟らせないように細心の注意を払っていた。必要とあらば竜太に睡眠薬を盛るくらいのことは平気で実行した。夕凪がそれを咎めれば、竜太に知られてもいいのかと脅かされた。
 竜太が知る余地などない。止められるはずもない、そんなことわかっていたのに……

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 竜太にさえ怯えてしまった。
 なんて都合のいい。竜太を…何も知らなかった竜太を責めようとするなんて……

「ごめんね、竜太…」

 どれだけ後悔したら足りるだろう。
 竜太が思ってくれた七年分を、どうしたら埋められるだろう……

「夕凪…、」
「うん?」
「夕凪……っ、」

 抱き返す竜太の腕に力が籠もる。

「俺も、ごめん……」
「何で竜太が謝るの? 悪いのは俺……だから、」
「助けてあげられなくてゴメンね……」
「……!」

 竜太の所為じゃない……
 喉まで出掛かったその言葉は、焼けた喉に痞えて声にならなかった。代わりに零れたのは震える嗚咽。そして……、

「竜太…、竜太…、」

 七年分を取り戻すような呼び掛け。
 何度も何度も繰り返し口にした。大切にしなければいけなかった人の名前だ。傷つけてはいけない人―――…なのに傷つけてしまった人。
 言葉を重ねていくように大切に唱えた。
 すると、逆に竜太が夕凪の名前を呼んだような気がして夕凪は顔を上げた。瞬間、背中に受ける衝撃。
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 体が大きく傾いて、目に映るのは部屋の天井―――――…‥ではなく、

「夕凪、好きだ」

 刺すような竜太の熱い眼差しだった……

「……竜太?」

 思考を遮るように心臓が暴れる。指ひとつも動かせない。
 焼け付きそうな眼差しから逃れられない。

「好きなんだ…夕凪……俺、ずっと……」

 薄明りの部屋でもはっきりとわかる竜太の表情は真剣そのものだった。

 しかし何を答えればいい?
 竜太の真意がわからなかった。もっと言えば“竜太”がわからない。再会した竜太は、夕凪のよく知る昔の竜太とあまりに違いすぎていたのだ。
 竜太は、自分の知っている夕凪がいない、と言った。だがそれは夕凪にしてみても同じことだ。七年の長い時を経て再会した時の竜太にも、夕凪の知っている面影などなかったじゃないか。
 何を考えているのかわからない笑顔で夕凪をセンパイと呼び、意地悪な態度で夕凪の恐怖心を煽った。過去の傷口をジワリと裂くようにして夕凪に再び闇を被せた竜太。
 頼もしかったあの頃の竜太こそ何処にもいなかった。
 夕凪の前に再び現れた竜太が持っていたのは、夕凪に恐怖を植え付けた辰弥の面影と、たった今垣間見えた、壊れそうなほど弱ってしまった正義の味方の跡形……
 まるで遠い所から掛けられたような言葉に夕凪の頭は混乱する。

 竜太は夕凪のために追いかけてきてくれたと言った。しかし竜太は夕凪を壊そうとした。
 ならば、本当の竜太はドコだ? 何がしたい?

「意地悪してゴメン……泣かせるつもりはなかったんだ」

 本当に?

「ただ俺の知ってる夕凪が見たくて……泣き虫だった頃の夕凪しか知らなかったから……」

 泣かせることでしか思い出を確かめられなかった。そう言葉を紡いで竜太が涙を零す。

 夕凪の頭の中はグチャグチャに混乱して、心臓だって潰れてしまいそうなほど苦しい。なのに、自分を見下ろす竜太の方が辛そうに見えるのは何故だろう……

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「本当は笑ってほしかったのに……」

 そうか……、俺…か。竜太を泣かせてしまったのは。

 竜太を忘れて、竜太の笑顔を先に奪ってしまったのは他でもない、夕凪自身。追い掛けてきてくれた竜太は何も変わっていなかったのだ。そしてきっと真っ先に、好きだ、と伝えてくれようとしていたのだろう。

「ごめんね…夕凪……でも好きだ」
「……うん」

 好きだと言ってくれる竜太。ここまで追いかけてきてくれた竜太。それが真実。

「ありがとう、竜太」

 七年経った今も、変わらず好きだと言ってくれる竜太。生意気なガキ大将のくせに夕凪が欲しいと泣きわめく、あの頃と同じ竜太。
 ああ…知っている。この竜太を知っている……
 嫌われているわけじゃなかった。ただ竜太は怒っていたんだ。
 過去から目を背けた夕凪に。追いかけてきた竜太の手を握り返せなかった夕凪に……

「仲直り……できる?」

 この七年を埋められる?

 竜太の頬を伝う涙を拭うため、空白を辿るように夕凪が手を伸ばした。触れた頬は冷たく、触れた手は温かい。

「夕凪っ……」
「バーカ、もう泣くな」

 困ったように笑いながら竜太の頬にしっかりと夕凪の手が届いた。

「夕凪が…笑った……」

 竜太の瞳が揺れ動く。

「笑って…くれ…た……」

 キュッと眉間に寄るシワに反して、竜太の口元は緩く解けていった。

「辛い思いさせてゴメンな竜……って、ちょっ!」

 突然起こった不可解。
 竜太の頬に掌をあてがっていたおかげで何とか反応できたが、いったい今のは何だったのだろう。
 徐々に近付いてきた竜太の顔。あと数秒反応が遅れていたら、唇同士が不自然にぶつかってしまうところだった。竜太の顎をほんの数センチのところで押し返した手がそれを阻止してくれた。
 キスされるのかと思った。
 いや、実際そうしようとしていたようにも思えた。

「……ビッ…クリした」

 夕凪は目を瞬いた。竜太は何がしたいんだ?

「え、何? どうかした?」
「何で?」

 不安そうに眉を寄せる夕凪に、竜太の眉間のシワが更に深くなった。夕凪に顎を押し上げられたままモゴモゴと不満げに呟く。

「何でって……近かったから…」
「ダメ?」
「ダメって……何が?」
「キスしちゃダメなの?」
「……ッ、えっ…えぇぇっ!!?」

 やっぱり予感は的中していたらしい。
 反応が遅れていたらと思うとヒヤリとする。夕凪は背中に冷汗が浮かぶのを感じて、ふぅーと小さく息を吐いた。

「……いっ、」

 途端に感じた手首の痛み。
 夕凪がホッと気を抜いた一瞬の隙に、竜太の顎を押さえていた腕を掴まれ、グイッと押し返されてしまったのだ。簡単にベッドに縫い留められる。

「竜太……?」
「ずっと好きだったから……ずっと夕凪にこうしたかった」

 今度こそ明確な意図を持って唇が近づいてくる。

「や、だ…」

 顔を背けることで夕凪はその口付けを拒んだ。

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 一方の竜太は首を傾げる。
 しっかりと意思表示をしたのに何故拒まれた?

「どうして?」

 感情の伴わない冷たい声が静かに空気を震わせた。

「何でダメなの?」
「だって……」

 またゾクリと背筋が凍った。威圧的な雰囲気に恐怖が蘇る。

「俺が夕凪の好きな人じゃないから? キスは好きな人と…とかって本気で思ってる?」
「……でも、遊びで軽々しくするもんじゃない」

 眉を寄せて睨み返してみせたのは、夕凪にできる精一杯の強がりだった。だが、視線を竜太に戻したことを一瞬にして後悔した。
 読みとれない表情。冷たい視線。暗く、曇った、竜太の感情。

「俺は本気だよ? なら夕凪が遊び? 俺のこと嫌い?」

 答えようにも声が出ない。
 また、竜太が消えた。知らない竜太が夕凪を見下ろしている。

「答えてよ、夕凪……俺のこと、嫌いなの?」

 嫌いじゃない……首を横に振って訴えた。嫌いじゃない…、でも――――……怖い。

「じゃあ、他に好きなヤツがいるとか?」

 心臓がサイレンを鳴らす。逃げろ。
 なのに力が入らない。拘束された体では動くこともままならない。

「誰? 誰が好きなの?」

 違う…、そう言いたいのに、ただひたすらに首を振ることだけが唯一今夕凪にできる抗戦。

「半年間、夕凪の周りを探ったよ俺。夕凪のことちゃんと知っておきたかったから。でも彼女はいなかったよな?」

 問い詰める竜太の鋭い眼光に捕まり、夕凪は固まった。

「じゃあ誰?」
「そんな人……」
「……池澤雷波?」
「……は?」

 突然現れた親友の名前。夕凪の声が不可解を訴えた。

「池澤雷波だろ、そうとしか考えらんねぇ。好きなんだろ、アイツのこと!」
「竜…」
「だから俺のこと捨てたんだ!」

 何を言っているんだ? 竜太を捨てた?

 思考が再び動き始める。
 雷波がいるから夕凪は竜太を捨てた、竜太はそう思っているのか。バカな。確かに否定はできない。雷波がいたから忘れられた、笑顔を取り戻せた。そのことは事実だ。
 それは、雷波が好きだから?

「……違うよ、竜太」

 全てを否定はできない。でも肯定もしない。

「確かに雷波のことは好きだよ。でも、竜太の言ってる好きとは多分違う」
「嘘だ! いつも一緒にいて、お互いのこと全部わかってますみたいな顔してるだろ!」

 ダンっと強い拳が夕凪の顔の横でベッドを軋ませた。
 だが夕凪は竜太から目を逸らさなかった。雷波との純粋な信頼を邪推してほしくなかったからだ。

「そうだよ。雷波はいつも傍にいてくれる。俺のこともよくわかってくれる。親友なんだ」
「親友……それ本気? アイツも夕凪のこと友達として見てるって本気で信じてるの?」
「どういう意味だ」
「夕凪って本当バカだよね。だから騙されるんだよ」
「何が言いたいんだよ!」
「そんなんだと夕凪、いつかヤられちゃうよ? それとももしかして、もうヤられちゃった? 手ぇ早そうだもんな、あの男」

 ――――パシッ

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 思い切り殴りつけてやるつもりだった。
 なのに、押さえつけられた体勢では指先が微かな音を立てて竜太の頬を掠めただけ。

「なに……? 夕凪、俺のこと殴りたいの?」
「そうだ」

 夕凪の瞳にしっかりと怒りの色が宿る。

「何で? 池澤雷波のこと悪く言ったから?」
「そうだよ。雷波のことを悪く言うのは許せない」
「……何でそんなになっちゃったの、夕凪。昔はあんなに俺にべったりだったじゃん……なのに、何で別のヤツの隣になんかいるの?」

 怒りとも悲しみとも取れない冷たい感情が夕凪を見下ろしていた。

「夕凪、よく聞けよ。あんたに近づく男はみんな下心があるんだ。辰兄だってそう、辰兄の仲間だってそう、あい先生だって池澤雷波だってそう」

 ……ッ!

「みんな…ってことは、お前もそうなのか?」

 一瞬込み上げた嗚咽を殺し、夕凪は言葉の端を咎めるように竜太を睨みつけた。すると竜太は一瞬驚いたように眉をあげた。だが直ぐさまその下に歪んだ笑みを貼り付ける。

「ああ、そうだよ。俺もだ……」
「……ッ、…やだっ」

 乱暴な口付けが夕凪の言葉を奪う。
 やっと分かり合って積み重ねたガラスの塔が、なぎ倒されたように崩れていく気がした。パラパラと音を立てて、砕けた破片が傷跡を作って……

「今更純情ぶってんじゃねーよ。ヤッてんだろ? アイツともこういうこと」

 崩壊の音が、引き裂かれたシャツとともに耳のすぐ近くで悪夢の始まりを告げた。ベッドに引きずり上げられ、あっという間に竜太が夕凪に馬乗りになる。

「……何のつもりだ、竜太」

 親友をバカにされた上に、こんな屈辱的な格好を強いられている。

「お前…、こんなことするためにわざわざ俺の前に現れたのかよ……」

 好きだ、と言って追いかけてきてくれた竜太はどこ? 守ってくれるために来てくれたんじゃないのか?

「言ったじゃん。夕凪とずっとこうしたかったって…」

 否定の言葉はない。その事実が、夕凪の思考に暗幕を落とした。指先から体温が失せ、体が悪夢を思い出す。

 ……一緒だ。

「これじゃあ一緒じゃないか……」

 力ずくで夕凪を押さえ込んだ、あの、忌わしい男と……

「あの人と一緒だ…」
「違う、お兄と一緒にするな」
「一緒じゃないか! 何が違うんだよ……サイテーだ」

 ‥…―――ゴッッ!
 鈍い痛みと共に、口の中に鉄の味が広がった。

「……黙れ」

 再び頬を痛みが襲う。ジンジンと痺れる頬は重たく、麻酔を打たれたように感覚がない。痛みと恐怖と絶望と……感じるところは多々あるのに、こんなにも理不尽な暴力にさえ不思議と涙は出なかった。
 ただ、ぽっかりと何かが抜け落ちてしまったような脱力感だけが残る。ヒューズが飛んでしまったみたいに、どのスイッチを押してみても感情が振れることはない。

「アンタが俺を裏切ったりするからだよ」

 竜太の声がどこか遠くに聞こえた。
 裏切った…竜太の悲痛な叫びにさえ、夕凪の瞳は揺れない。ただ竜太の悲しげな表情を映すだけ。
 そして目の前の竜太も、遠くを思い出すような眼差しで夕凪を見下ろしていた。

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「あの事件の後、アンタはほとんど学校に来なくなった。そして突然俺の前から姿を消した」

 自身の心の中を覗き込むように、竜太は夕凪の瞳を見つめたままポツリ…またポツリと言葉を紡ぐ。

「俺、アンタのこと必死で探したんだよ。俺がいなきゃアンタは生きていけないと思ったから……」

 だからここまで追いかけて来たのだ。ただ夕凪だけを思って。

「なのにアンタは俺を裏切った。やっと見つけたアンタはオレだけの夕凪じゃなくなってた!」

 泣き虫で、竜太がいなければ何もできない夕凪はどこにも居なかった。
 居たのは、人懐っこくて、皆に好かれて、いつも誰かに囲まれていた夕凪。

「でも……それでも会えば、俺を必要としてくれると思った」

 だから近付いた。

「なのにアンタは俺にこう言ったんだ!」

“友達ができたから、お前はもう必要ない”

 ―――――…‥ 絶望。待っていたのは夢にまで見た幸せな光景じゃなかった。

「アンタは俺にもう来るなと言った。俺を拒んだんだ」

 迎えに来た自分に……、夕凪を想い続けてこんな所まで追いかけてきたこの自分に、だ。
 ショックだった。これまでの全てを否定されたような気がした。長かったこの七年が、まるで無駄だったと言われたようで……

「アンタが許せない」

 優位の立場にいながら、その声は怯えたように震えていた。

「でも…、」

 涙の滴が夕凪の頬を伝った。ぽたん…と軽く弾けて薄い線を引いていく。真上から降るその滴は夕凪のものじゃない。夕凪の頬を伝った涙は、竜太の双眸を揺らめかす水溜まりから零れたものだった。

「一番許せなかったのは、そんなアンタに縋ってしまった俺自身だ」

 離れて行ってしまう夕凪を何が何でも引き止めたかった。夕凪の方が自分を必要としてくれているはずだったのに、いつしか夕凪に依存しているのは自分の方。
 そんなことあっていいはずがない。だって、いつだって夕凪より上の立場にいたのは自分だったじゃないか!
 そんな自分が今は彼に縋っている。それが許せなかった。
 これまで守り続けてきたプライドが音を立てて崩れていったのだ。粉々の破片になって、今は形すらも保てない。

「俺のプライド……、もうボロボロなんだよ」

 自分が自分じゃいられなくなるほどに。

「だから…」

 地を舐めるような囁き声で竜太の唇が弧を描いた。

「今度は俺がアンタをボロボロにしてやるよ」

 ビリビリと嫌な音を立てて布が裂ける。シャツのボタンは全て弾け飛び、今はその下のティーシャツまでもが乱暴に破かれてしまった。夕凪の白い肌が露わになる。

「心も、体も、二度と逆らえないようにしてやる……」

 ‥……―――アンタが、俺しかいらないと言うまで……

 部屋の薄明りが、歪んだ表情の陰影を色濃く浮かび上がらせた。


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「……うぅ…やだっ」

 ねっとりと首筋を這う生温かい感触。その気持ち悪さに体が震えた。
 下から上に這い上がる竜太の舌が顎の線をべロリとなぞる。

「…っぅ」

 息が詰まるような恐怖が込み上げて全身が粟立った。
 まるで冷たい水の中に肩まで浸かっているみたいだ。息をすることが許されているはずなのに、思うようにそれができない。ヒュッ…と音を立てて飲み込んだ空気が、そのまま胸の所で痞えてしまったみたいだった。だが、

「離せ……、」

 絶え絶えになる息の中で、夕凪はしっかりと意思の言葉を紡いだ。
 それは竜太の耳にも届いたようだ。体が軽くなり、竜太がその身を引いた。だが腕を押さえつける力はそのまま夕凪を縛り付ける。

「離したらまた俺から逃げるんでしょう?」

 掴まれた腕は血流を遮るほど強く圧迫され、痺れた指先は既に熱を失い感覚がない。
 それでも、こんな行為に流されるのは御免だった。

「こんなことされたら当然だろう」

 屈したくない。絶対に飲み込まれたくない。

「だからこん……」
「よくまだそんな生意気な口が聞けるね」
「…ッ!」

 不満げに歪められた竜太の唇が強引に夕凪の口を塞いだ。
 深く侵入した舌が夕凪の口腔内で暴れる。夕凪を咎めるように、歯向かう気持ちを全て削ぎ取ろうとするように……

「許さないから……」

 呪詛のように一言呟き、また深い口付けを仕掛ける。

「逃がさないから……」

 逃げようとする夕凪の唇を何度も追いかけ、何度も追い詰めた。

「ひっ…く……ぅっ…」

 嫌だと抵抗しても逃げられない。
 延々と続く責め苦に、怖くて、悔しくて、張っていた夕凪の気持ちの糸が大きく揺れた。千切れてしまいそうなほど大きく。
 泣いたらいけないと思っているのに、ユラユラと霞んでいく視界をクリアに見つめることができない。
 覆いかぶさる影への恐怖がどんどん膨らむ。

「……っとに…や、め…、ッ」
「泣いたって許してやんないよ……」

 少しだけ情を含んだ声色が夕凪の上で優しく音を立てた。

「もう俺のものになるしかないんだよ……夕凪、」

 しかしその声音が奏でた言葉は、終わりではなく、続行の合図。何度も唇を犯した竜太の熱い唇が、意地悪な動きで行き先を変えた。

「…ぅ、ん…ッ、やめ……っ」

 首筋をなぞり、鎖骨を辿って、肉づきの薄い胸の筋肉を確かめるように濡れた唇が這いまわる。そして淡く色づいた突起を熱い舌がチュク…っと音を立てて舐め上げた。

「……、ぁっ」

 甘い色を帯びて震えた夕凪の唇に、竜太は気を良くしたように笑みを浮かべる。

「コレ…いいの?」

 カプッ…と歯を立てて夕凪を見上げれば、白く細い首が仰け反って甘い悲鳴を押し殺している。

「声、出せばいいのに」

 クツクツと笑いが込み上げる。

「……聞かせてよ、夕凪。これからもっと気持ちよくしてやるからさ」

 上半身を起こして夕凪の耳元でクスリと囁く竜太を、涙の浮かんだ両眼が睨みつけた。

「ヤメロ…」

 震えているが、力の籠もった声が竜太を咎めた。

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「やめないよ。だってあんた、自分の立場わかってる?」
「いっ…ッ!」

 散々嬲られた胸の突起に爪を立てられ、夕凪の肩がビクリと跳ねる。

「襲われてんだよ? ヤメテ下さい、だろ? ……止める気ないけど」

 なんで……、どうして……、
 自分に向けられる真っ黒な感情を受け止めきれず、夕凪はただその闇に飲み込まれるように視界を歪ませた。
 竜太の怒りはわかる。恨まれていることも、許してもらえないことも全て認めるつもりだ。
 だけどこんな形で押し付けられる感情には応えることができない。竜太の望む形では受け入れてあげられないのだ。
 唇をギュッと結んで、与えられる刺激をただグッと耐えた。


「ふーん…、生意気なことするね」

 声を出そうとしない夕凪に、竜太の声が冷色を増した。

「じゃあさ、これはどう…?」
「…ッ!!」

 竜太の掌がギュッと掴みとったソレ。夕凪はハッとして足をバタつかせた。

「やだ、ヤメロ…!」
「うるせーよ……。大人しくしろ」

 暴れる脚を押さえつけられ、乱暴に下着ごと制服を引き脱がされる。

「ヤダっ…やだぁ…!」
「へぇ…ちゃんと成長してるね。そりゃそうか」

 幼い頃と比べながら、楽しそうに夕凪を見下ろす竜太。
 体に刻まれた過去の恐怖が、夕凪の嫌悪感を突き上げた。
 体中から力が抜ける。涙を堪える夕凪は、抵抗する気力さえ服と一緒に剥ぎ取られてしまったようだった。

「見ない…で……っ」
「自分でココ、弄ったりするの?」
「ああッ…やっ、や、…やぁッ」

 掌と五本の指が巧みに夕凪を追い上げた。親指が遊ぶように刺激する先端のくびれは、次第に頭をもたげるソレのスイッチのよう。

「あれ? 敏感だね」

 鼻を鳴らして竜太の口角が上がった。

「こうやってお兄に躾られた?」

 嘲りを含んだ軽蔑の声。

「……池澤雷波にも?」
「…、違…っ、……してな…っ」
「ホントのこと言いなよ。怒らないからさ」

 ギュッと五指に力が入り、煽るスピードが一気に増した。

「やっやっやぁ、ッ…っ、っ、……ヤメテッ…!」

 追い上げられる感覚から逃れようと腰を引いて抵抗するが、竜太を押し返す手に力が全く入らない。

「やだ…ッ、ヤダぁッ」

 許された抵抗はただ首を振ってその浅ましい行為を拒絶することだけ。

「本当にイヤ? じゃあコレは何?」

 歪んだ口元で笑い、竜太は夕凪の先走りで妖しく濡れた掌を見せつけた。

「夕凪が喜んだ証拠だよ?」
「……ッ!」

 まともに顔も合わせられない。
 夕凪は枕に顔を伏せて竜太の視線から逃れた。

「ねえホラ、まだ溢れてくる……どうしようか?」

 どうしよう? その意見を聞いてくれるなら今すぐ止めてほしい。だがその願いが届かないことは嫌というほど思い知らされた。
 何度もヤメテと言った夕凪に竜太は止めないと言った。
 実際行為はエスカレートするばかりだ。
 その証拠にほらまた……

「やッ…あぁ…っ!」

 熱を覚えたソレが、ねっとりとした口腔内に包まれた。

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 夕凪自身の熱よりひんやりと感じるその粘膜は、弾けそうな欲望を刺激するのには充分だった。
 それに追い打ちを掛けるように絡みつく舌が、夕凪の脳裏にチカチカと火花を生む。

「あっあっあっ…ダメ…だ……竜太ぁ!」

 激しさを増す竜太の口淫は、僅かに残った夕凪の意地さえも飲み込んでしまう。

「イイよ、出して…夕凪……」

 窄めた舌先が出口に誘いを掛け、指の輪が巧みにソレを手伝った。

「ホラ…ビクビクいってる夕凪……」
「…やだ、っもうヤメ……」
「頑固だなぁ…夕凪は……」

 チュッ……、触れるような口付けのあと、卑猥な音を立てて一気に熱を吸い上げられた。

「ああ――――ッ、ヤダっ……やだぁ!」


 真っ白な光が瞼の裏を包んだ。
 欲を吐き出した体がピクピクと甘い余韻に痙攣を起こす。上下する胸は激しい運動の後のように大きく震えていた。


「あは。スゲー夕凪……俺の口でイッちゃった」

 濡れそぼった唇を拭い、竜太が嬉しそうな声を上げた。

「うるさい……、退けよ」

 乱れた呼吸も整わないうちに、夕凪は自分に覆いかぶさる竜太の肩を足で突き放した。
 ドンという衝撃に上半身を反らせ、竜太は一瞬驚いた顔をする。

「へぇ……、まだ俺に逆らう気あるんだ?」

 ほとんど抵抗することもできずに簡単に竜太の手に落ちてしまったくせに、まだ歯向かおうとする夕凪。どんなに凄もうが嫌がろうが、夕凪に竜太を拒むことなどできないのに。

「ねえ、じゃああと何回くらいイかしてあげれば大人しくなんの?」

 べロリと舌舐めずりをして目を細める竜太の手が、再び夕凪を捕えた。
 夕凪はギョッと目を見開く。わかりやすいほどハッキリと夕凪の表情から血の気が失せた。

「何? まさかあれで終わったとか思ってんの?」

 竜太の馬鹿にしたような笑いに、夕凪の眉間が不快を語る。

「だってまだ夕凪しか気持ちよくなってないじゃん、それって不公平だろ?」

 キシッとベッドを軋ませ、竜太が夕凪の手を引いて抱き起こした。そして耳元に口付けるように囁く。

「さっきは夕凪のイクとこ見られなかったから、今度はちゃんと見せてね」

 ゾクリと背中が震えた。竜太の体を突き飛ばそうともがくのに、抵抗も虚しく夕凪はその腕の中に簡単に押さえ込まれてしまう。

「夕凪は俺に逆らえないんだってば。俺のモノになるしかないんだ」
「誰が…ッ」

 言い返そうとした口を力強く押さえつけられた。痛いぐらいに竜太の指が頬を圧迫する。

「逆らうなよ、夕凪。大人しくしてればすぐに済む。けど、抵抗するなら手加減はしない……俺のモノになれよ」

 竜太とも辰弥とも似付かない獰猛な雄の顔……
 ピリピリと空気を震わせる恐怖に夕凪の視界は歪んだ。

 怖い……


「夕凪は俺から離れられない」

 怖い……

 ボロボロと溢れる涙が竜太の指先を伝う。


「泣き虫だなぁ、夕凪は。でも、泣いたって許してあげないって言ったよね。夕凪が俺しかいらないって認めるまで……」

 そう言った竜太の口調は甘えるように優しいのに、恐怖に毒された夕凪の体は震えが止まらなかった。





---TARGET6の(7)に続く

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